舟を編む
あまり小説の類いは読まないのですが、新聞広告で興味を持った「舟を編む」(三浦しをん著)を一気に読みました。中型の国語辞典を新規に発刊する辞書編集者とその仲間たちの群像劇と言ったところでしょうか?
辞書といえば、まず電子辞書やMacの辞書ソフトに飛びつくようになって久しいのですが、もともと紙の辞書は嫌いでは無いし、言葉というものにはそれなりに感心はある方だと自覚しています。溢れる言葉と格闘する主人公たちの姿を非常にリアルに感じ取ることができました。言葉を定義する作業は、当然ながら国語への深い造詣が必要ですが、それ以上に閃きやセンスも重要です。そういうところは、数学的センスに通ずるものがあるかもしれません。自明なことの証明が案外難しいように、今更辞書など引くことない基本的な言葉の語釈ほど、編集者のセンスが光ります。
タイトルの由来は、辞書は言葉という広大な海を航海するための舟であるというところから。言葉を一つ一つ選び、語釈を与える作業はある種、造船作業に似ているのかもしれません。
このところ、ちょっと精神的に不安定な状態が続いているので、小説を読むと身に染みるところが沢山出てきます。ラストの部分は落涙してしまいましたから。
活字の海で遊んでいると、しばし辛いことやイヤなことも忘れてしまいますね。
Love is blind.
折角「伝える力」などという本を読んで勉強したつもりなのですが、大好きな人を怒らせてしまって落ち込んでいます。去年の暮れにも不用意な発言で怒らせたことがあり、ようやく関係修復できたと思った矢先の出来事です。我ながらまったく学習能力がありません。
原因はそのひとに構って欲しいという私の身勝手。分別盛りであるのは自覚していますが、こういうことになると中学生レベル以下。私の数学力と同じです。
Love is blind. とはよく言ったものです。
己の不徳故に引き起こしたこと、結果は全て引き受ける覚悟をこの土・日にした次第です。
たまにはこういう艶っぽいことも書きます。
伝える力
新聞広告を見て、急に読みたくなり週末に一気に読んだのが池上 彰さんの「伝える力」と「伝える力2」。両方とも200ページ程度の新書ですが一気に読めます。読んでいて、テレビでの池上さんの語り口が頭に浮かんできます。テレビではあまり見せない洒脱なところもあり親近感が湧いてきます。
池上さんの解説力というのは、記者時代に培った豊富な経験とジャーナリストに転身してからもなお飽くことの無い好奇心と努力の賜物であることが読んでいてヒシヒシと伝わってきます。
書かれていること自体は私にとってそれほど目新しいことではありません。この手の書籍なら概ねどの本にも書いてあることだと思われます。ただ他書と違うのは、池上さん自身が現場で学んだことに基づいて書かれているので、読んでいて大変説得力があります。偉いセンセイ方が書かれた方法論には感じられない、地に足のついた説得力と言って良いでしょう。
結局、伝える力というのはいかに受け手のことを、そしてさまざまなことを慮る力。ある種の想像力のことではないかと思った次第です。
勉強と恋愛は似ている・・・?
例によってあまり何もしないうちに3連休が終わろうとしています。もう少し勉強が進むはずだったのですが・・・。
連休2日目の夕食後に一眠りして日付が変わるちょっと前に起きだし、4時頃まで「ガロアの群論」を読んでいたので連休最終日はあまり使い物になりませんでした。「13歳の娘に語る・・・」とは随分アプローチが違いますが、「13歳の娘に語る・・・」で勉強していなければきっと展開についていけていないでしょう。
といいつつ、この本はこの本で読んでいてよく分からない点が次々と出てきます。勉強すればするほど(というほど勉強していませんが。)自分の無能さを自覚してしまいます。これは人を好きになった時の己の無力さに直面するときの感覚に似ています。勉強と恋愛は似ているわけですね。(笑)
この頃は、諸般の事情(主に経済的な事情)であまり週末に CD を買わなくなりましたが、連休初日に急にブルースが聴きたくなりました。人間、いろいろあると急にブルースが聴きたくなるものです。(苦笑)そんな訳で Amazon でポチっとして届いたのが憂歌団のベストアルバム。CD2枚組とDVDが付いて3時間強というなかなかお買い得なベストものです。量的にも内容的にもなかなか濃いですね。
勉強するときの姿勢
「グレン・グールドは語る」読了しました。やはり、グールドという演奏家というか人となりをもう少し知ってから読まないと少し読みづらかったというのが正直な感想です。もうちょっと入門者向けの「グールド本」を先に読むべきだったようです。
グールドに興味を引かれた要因のひとつにあの演奏時の姿勢があります。楽器の演奏を習ったことがある人なら思い当たる節があると思いますが、楽器を手にしてまず教えられるのが演奏時の姿勢です。正しい姿勢は無理のない演奏に寄与する。従って演奏時の正しい姿勢を身につけることこそが上達の早道である。というようなことを教えられるはずです。
そういう点から見れば、グールドの演奏姿勢はいかにも半教育的です。でも、あの姿勢から数々の名演奏が生まれたのですから反論する余地はありませんよね。(それでも、初歩の段階はまず姿勢ありきと言われるのでしょうが。)
さて、この頃の私の勉強するときの姿勢(心構えなどという精神論ではなく、物理的な姿勢)。英語の勉強をするときは英文を書き写すため、しっかりと机に座って勉強します。しかし、数学の勉強をするときは寝転んでテキストを読むことが多くなっています。寝転んで読んでもマーカーで線を引いたり、簡単な書き込みぐらいはできますからね。といいつつ、無理な姿勢でマーカーを引くものですからラインがゆがみまくっています。
自分としては取りあえずテキストの内容を一通り理解して、自分なりの重要点を選別してからノート取りにかかりたいと思ってはいるのですが。早くノート取りの段階まで進まなくては行けませんね。
「へんこ」に惹かれて
正月休みが終わってまだ仕事が軌道に乗らないうちの3連休。なかなか調子がでませんね。ダラダラとテレビなどを見ているうちに早くも連休一日目が終了してしまいました。ブルーバックの「ガロアの群論」、ノートを取りながら勉強し始めるつもりが全くの手つかず。お恥ずかしい限りです。
そんな中、読み始めたのがちくま学芸文庫の「グレン・グールドは語る」。確か一昨年の秋に出版されたもので、その際ちょっと興味があったのですが何となく入手しそびれて今まで読まずにいました。今年はちょっとグールドを重点的に聴いてみようと思い立ったので手に取った次第です。
まだ三分の一程度しか読んでいませんが、私のように音楽の基礎知識がない者にはちょっと読みづらいところがあるようです。やはり音楽は、読むものではなくて聴くものですね。
私がグールドに興味を持ったのは、その変人(?)振り。大阪では「へんこ」などと言いますが、それは多くの場合常人のスケールで物事を測ろうとするから「へんこ」に成ってしまうだけの話。人の心を大きく揺さぶるような演奏を奏でようとすれば「へんこ」ぐらいが丁度良いと思っています。そういう点では Steve Jobs に通ずるものを感じますね。
次のステップ
寒いですね。寒いと机に向かっても身体が温まるまで勉強が手につきません。(笑)もっとも、いつも机に向かってもすぐには勉強せず、ネットを覗いたりしているうちに1時間ぐらいがあっという間に過ぎて驚くことがよくあります。
正月休みの間に「13歳の娘に語るガロアの数学」は3回目を読み終えました。3回読めば多少は分かって来ますが、逆に最初は見過ごしていた疑問点も沢山でてきてしまいます。まだまだ十分に消化したとは言えませんが、違った視点から論理を追っていくのも必要かもしれません。ということで、以前に購入して棚晒しになっていたブルーバックス「ガロアの群論」に移ることにしました。パラパラと読んだ感じではこちらの方が多少、数学書的な書き方をしているのでノートを取ったりするのは楽そうです。
とりあえずこの本を2~3回読んで更に理論的な補足をしたいと思っているのですが、果たしていつのことになるでしょうね。
新年早々誤算です。
正月二日目は、年末に録りためたTV番組をBDディスクにダビングする作業を行いました。普段なら5倍モードにして2層ディスク1枚に納めるのですが、年末は長尺番組が多かったせいか1枚では収まりません。CMや不要なシーンをカットしてなんとか1枚に納めようと頑張りましたが、どう頑張っても1枚には収まりそうもありません。BDにダビングする番組の総時間をトータルすると計算上は収まるはずなのですが。まぁ、この手のものはなかなか計算どおりには行きませんし、あきらめてディスク2枚に分割することにしました。
最初からディスク2枚にするつもりなら、不要シーンのカットに時間を費やす必要もなかった訳で新年そうそう誤算でした。1フレーム単位で編集しようとするとジョグ・シャトルがないと作業し辛いところ。それをリモコンのボタンだけでしようとするからストレス溜まりまくりです。
編集作業が終わったらちょうどお昼前。軽く英語を勉強し、夜からガロア理論の勉強です。テキストを追っていくのはいいのですが、ふと気がつくと足下を見失って今自分が何を学んでいるのか見失ってしまいそうになります。そんな時は足下が分かるところまでテキストを後戻りするしかありません。なんとも時間のかかる作業です。こちらも勉強に要する時間とエネルギーを誤算しているようです。
恥のかき初め
明けましておめでとうございます。
一年の計は元旦にあり。と申しますが、もしこの言葉が本当なら今年の残り365日は無駄に過ごすことになってしまいます。(苦笑)
と言いつつ、元旦ということで普段の休日より多少早めに活動を開始しました。そのお陰で午前中は英語、午後からはガロア理論の勉強(「13歳の娘に語る ガロアの数学」3回目の読み返し)をすることができました。
学生時代は元日から勉強すると、「何が悲しくて元日から勉強しなくてはいけないのか?」などと思ったものですが、自分の意志で勉強するとなると喜々として机に向かうことができるから不思議です。
数学は今までと同じ感じで勉強しようと思っていますが、英語に関しては「音読」を積極的に行って単語や構文の暗記、そして発音の改善を図りたいと思います。いままであまり「音読」をしなかったのは、発音に自身が無く、自分の下手な発音を聴くのがイヤだったからです。しかし、英語を母国語としない人間が話すのだから発音は下手で当たり前と割り切ることにしました。
何かを学ぼうとする時、恥をかくことを恐れてはいきませんね。
新年は GOULD で BACH を聴きながら
無事1年の仕事を納めることができました。実は半ば強制的に29日に年休を取らされたのですが、英文解釈のテキストを少し読んだだけで一日ボーッとして過ごしてしまいました。こういう時期に自分の意思に反して休みを取ると、中途半端でいけませんね。
昨年の年末は、合併による基幹システム統合作業があり様々な?想定外事象をうっちゃりながら年が改まる直前まで仕事をしていました。それを思うと今年はゆっくりとした年末と年始を迎えられます。
勉強の方は相変わらずまったく進まない1年でした。意気込んで手にした「解析概論」も道草ばかりで第1章を終えただけ。来年はもう少しまともに取り組まなければなりません。無論、自分としてはこの道草もそれなりに有意義で、知識の幅を広げてくれましたが。代数の方も、昨年の今頃「来年はガロア理論に挑戦します!」などと言いながら、それもようやく緒に就いたばかりです。
一昨年辺りまでは週末になると仕事帰りに本屋やCD屋さんを廻り、帰宅すると結構遅い時刻になっていました。結局それが原因で翌日が使い物にならないことがよくありました。今年はそのような愚行を改めるべく、週末も早めに帰宅するようにしましたが、それでも土・日は疲れが出て相変わらず使い物になりませんでした。(苦笑)やはり、50歳を越えると体力的にはかなり厳しいものがあります。アントニオ猪木さんがよく言う「元気があればなんでもできる!」という言葉が身にしみます。
世間様に比べると短い正月休み。特に目新しいことはせずに粛々と勉強を続けたいと思います。
年末に買ったCDは GOULD の2枚。ちょっと洒落込んでGOULD でBACHを聴きながら新年を迎えたいと思います。そして、来たる年は GOULD をちょっと中心的に聴こうかと思っています。(果たしてこれもどれだけ実現できるやら?)
皆様良いお年をお迎え下さい。














